大判例

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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)444号 判決 1968年3月21日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

二、被控訴人の主張

一、原判決添付目録記載の家屋(以下本件家屋と略称)は控訴人正太郎の所有であつたが、本件家屋に対し昭和三二年一〇月一七日抵当権者熊野英夫より競売申立がなされ、同三三年九月二六日訴外株式会社神戸商会が之を競落し、同三七年三月一四日所有権移転登記を了した。

二、被控訴人は本件家屋の所有権が訴外株式会社神戸商会に存することを知ることなく、控訴人正太郎等の代理人服部正より右家屋及び訴外服部ヨシ江所有の本件家屋敷地四二坪一合二勺を買受け、代金として二五〇万円を右服部正に支払つて来たところ、右敷地については同三七年九月二日所有権移転登記をうけ、更に本件家屋に対しても服部正に対し所有権移転登記手続を求めるうち、本件家屋は既に前記の通り訴外神戸商会が競落により所有権を取得していることが判明した。そこで被控訴人は已むを得ず改めて神戸商会より本件家屋を買受けることとなつたが、之よりさき控訴人正太郎は本件家屋を神戸商会より買戻すことを約し、その代金のうち七〇万円を支払済であり、右代金は被控訴人の出金にかかる前記二五〇万円の内より支出されたものであつたため、買戻しの残金七〇万円を以て代金として、之を支払つて同三八年一月五日神戸商会より所有権を取得し同年一一月二〇日所有権移転登記を了した。

三、しかるに控訴人等は本件家屋を占有している。

四、仍て控訴人等に対し所有権に基き本件家屋の明渡及び右所有権移転登記の日の翌日である同三八年一一月二一日以降明渡済に至る迄一ケ月三、四九二円の割合による賃料相当損害金(昭和三八年度における地代家賃統制令による賃料一ケ月三、六二七円の範囲内)の支払を求める。

五、控訴人等の抗弁事実は全て否認する。

控訴人等主張の買戻契約が存在しても、それは控訴人正太郎、神戸商会間の関係に過ぎず、控訴人主張の損害賠償乃至不当利得返還の請求権と本件家屋間には何等牽連関係は存しないから、留置権行使は失当である。

二、控訴人等の主張

一、(一) 被控訴人主張一、三の事実は認める。

(二) 被控訴人主張二の事実のうち登記の事実は認めるが、被控訴人が本件家屋の所有権を取得したとの事実は否認する。

控訴人正太郎の代理人である服部正は同三八年七月三一日本件家屋を代金一一五万円で神戸商会から買戻し、その所有権を取得した。そして同商会は控訴人正太郎に所有権移転登記をすべく、その手続を被控訴人に委任したところ、被控訴人は擅に所有権移転登記をなしたに過ぎない。

二、仮りに被控訴人において本件家屋の所有権を取得したとしても、控訴人正太郎の代理人正は同三七年五月頃前記神戸商会から本件家屋を代金一一五万円で買戻す旨の契約を締結し、その頃右神戸商会の代理人である平山輝雄に対し右代金を交付した。しかるに被控訴人は右の事実を知りながら、七〇万円を支払つて自己名義に所有権移転登記をしたものであるから、背信的悪意者であり、所有権取得を以て控訴人等に対抗することはできない。

又右の如き事情の下で控訴人正太郎に登記がないことを理由に本件家屋の明渡を求めることは権利濫用であつて許されない。

三、仮りに右主張が理由がなく、控訴人正太郎が神戸商会に対し売買代金として支払つた一一五万円の内七〇万円が同商会に入金されているに過ぎないとしても、同商会は被控訴人に更に七〇万円を支払わせて被控訴人名義に所有権移転登記をしたものであるから、被控訴人が神戸商会から本件家屋を買受けるにつき、控訴人正太郎と被控訴人が半分宛資金を出している関係にあり、本件家屋は両者の共有に属し、被控訴人の明渡請求は失当である。

四、仮りに右主張が理由がないとしても、

(一)  神戸商会と控訴人正太郎間に本件家屋の売買契約が成立しているに拘らず、神戸商会が二重売買により被控訴人に所有権移転登記をなしたため、神戸商会、控訴人正太郎間の売買契約は履行不能に帰し、控訴人正太郎は右家屋の交換価格たる既に支払つた買戻代金一四〇万円相当の損害を蒙つたから、神戸商会は控訴人正太郎に対し一四〇万円の損害賠償義務があり、右賠償を受ける迄本件家屋を留置する。

(二)  仮りに右主張が理由がないとしても、控訴人正太郎、神戸商会間の売買契約は解除されたから、仮りに解除されなかつたとしても二重売買に該るから、その代金のうち入金された七〇万円は神戸商会の不当利得となり、控訴人正太郎は七〇万円の返還を受ける迄本件建物を留置する。

四、証拠関係(省略)

理由

一、原判決添付目録記載の家屋は、控訴人正太郎所有であつたが、昭和三三年九月二六日訴外株式会社神戸商会によつて競落され、同三七年三月一四日所有権移転登記がなされ、更に同三八年一一月二〇日売買を原因として被控訴人に所有権移転登記がなされていることは当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第一号証の二、第三号証、乙第五号証、当審証人平山輝雄の証言により成立の真正を認め得る乙第二、第三、第四号証、原審証人服部正の証言により成立の真正を認めることができる甲第五、第六、第七、第八、第九号証(但し第九号証は控訴人正太郎作成名義部分を除く)、原審における控訴人正太郎本人尋問の結果成立の真正を認め得る乙第六、第七号証と原審証人服部ヨシ江、同永沢信彦、同服部正の証言(但し証人永沢、同服部正の証言については各一部)当審証人平山輝雄の証言の一部、原審並びに当審における被控訴本人及び控訴人正太郎本人尋問の結果(控訴人正太郎本人尋問の結果は各一部)を綜合すれば、訴外神戸商会が本件家屋を競落した後之が明渡を求めるうち、同三七年五月頃控訴人正太郎がその子服部正を代理人とし神戸商会との間に、本件家屋を代金一五〇万円で控訴人正太郎が買戻す契約が成立し、右買戻代金に充てるべく同年五月四日頃本件家屋の存する服部ヨシ江所有の神戸市須磨区明神町二丁目一二番地の二、宅地九七坪一合二勺中本件建物敷地部分を除く実測五五坪を代金二七五万円で被控訴人に売渡し、被控訴人はその代金支払を了したこと、その後同年九月初旬頃に至つて右服部正は控訴人正太郎及び服部ヨシ江の代理人と称し、本件家屋につき神戸商会に買戻代金の完済がなされていないのに、之を秘してその所有権が控訴人正太郎に復帰した如く装って、本件家屋及び前記被控訴人が買受けた以外の敷地部分四二坪一合二勺の買受方を被控訴人に求めたため、被控訴人も承諾しその頃代金二三〇万円で買受ける旨を約し、被控訴人は略々代金同額の金員を右服部正に交付したこと、しかるに本件家屋の所有権が神戸商会より控訴人正太郎に復帰したものでなく、前記買戻代金のうち事実上服部正を通じ神戸商会に入金されたものは七〇万円に過ぎないことが判明したこと、神戸商会は右の事情から残金として被控訴人が七〇万円を支払うときは被控訴人に所有権移転登記をすることを約したので、被控訴人も已むなく之を了承し、同三八年一月五日七〇万円を支払つて神戸商会より本件家屋を買受け所有権移転登記を了したこと、が認められる。右認定に牴触する前掲証人永沢信彦、同服部正、同平山輝雄の証言、控訴人正太郎本人尋問の結果は、被控訴本人尋問の結果と対比するときは採用できない。

右の事実からすれば控訴人等主張の神戸商会、控訴人正太郎の売買(買戻)と被控訴人主張の神戸商会、被控訴人間の売買は二重売買の関係にあり、本件家屋の所有権移転登記を経由しない被控訴人正太郎は、仮令本件買戻に関与した平山輝雄が神戸商会の代理人であり、同人に対し買戻代金を交付した事実があつたとしても、右買戻による所有権取得を以て被控訴人に対抗することができないことは自明である。

三、控訴人等は、被控訴人は背信的悪意者にあたるから、被控訴人は控訴人正太郎に対し登記の欠缺を主張することができないし、かかる被控訴人が控訴人に対し本件家屋の明渡を求めるのは権利濫用であると主張するが、被控訴人が本件家屋の所有権移転登記をなすに至つた経緯は前認定の通りであつて、このような事情下でなされた神戸商会、被控訴人間の売買は、自由競争の許容し得る範囲内の取引であると認めるのが相当であり、被控訴人は登記の決缺を主張することができない所謂背信的悪意者には該当しないし、被控訴人の所有権取得が控訴人正太郎に対抗し得る以上、所有権に基き本件家屋の明渡を求めることは何等権利濫用となるものではない。

四、控訴人等は、本件家屋は控訴人正太郎、被控訴人の共有に属するから明渡請求は失当であると主張するが、前認定の事実からして、本件家屋が共有となるといわれはないからその主張は到底採用できない。

五、控訴人等は留置権を主張するが、その主張の債権はいずれも其物自体を目的とする債権がその態様を変じたものであり、かかる債権は其物に関し生じた債権とは云い得ないから留置権が成立する余地はなく、その主張は失当と云うほかはない。

六、してみれば控訴人等の抗弁は全て理由なく、控訴人等が本件家屋を占有することは当事者間に争がないから、控訴人等は本件家屋明渡の義務があり、且右占有は登記の日である昭和三八年一一月二〇日当時既に存していたこと並びに本件家屋の地代家賃統制令による昭和三八年度の統制賃料が月、三、六二七円であることは、弁論の全趣旨により控訴人等において明らかに争わないものと認められるから、所有権移転登記の日の翌日より明渡済に至る迄統制賃料の範囲内である月三、四九二円の賃料相当損害金を支払う義務がある。

七、仍て、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴は之を棄却し、控訴費用負担については民事訴訟法第九五条第八九条第九三条を適用して主文の通り判決する。

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